「学び」の意味について-私たちは何のために学ぶの?2020.9.8哲学カフェのテーマ

「学び」の意味について-私たちは何のために学ぶの?

※この原稿は松山短期大学非常勤講師の山本希さんが作成したものです。

  • はじめに

まず「哲学」について。哲学は他の学問のように、ひとつの問いに対してひとつの正しい答えがあるわけではありません。客観的に正しい答えに自分の考えをすり合わせるのではなく、自分が納得できる答えに出会うことを求める―これが哲学の醍醐味です。ですから答えは人の数だけあるとも言えるし、自分のものだとしても明日には今日とはまた異なる答えに出会うこともあるとも言えます。

 今日のテーマは、「学び」の意味についてです。「どうして勉強するの」という子どもの素朴な問いに対して、常識的には「大人になって困らないため」という答えが用意されています。親であり大人である私たちも、この答えを当たり前のように踏襲し、その上で「どうやって子どもを学ばせるか」ということを熱心に追及しています。

 「大人になって困らない」というのは、まあ確かにそうかもしれません。だけどそれだけじゃないかもしれないし、全く別の答えが見つかるかもしれない。その気持ちを胸に、先達たちの言葉に耳を傾けてみましょう。

2. 自分の経験できないことを学ぶ―他者理解のための学び

三砂ちづる『身体知 身体が教えてくれること』より(p.66 バジリコ出版)

 私が「いいお産、いいお産」と言っていると、「そういう経験をできなかった人はどうするのか」とよく言われるのです。できない人はしょうがないですよ。人生は何でもいちばんいい、と思うとおりにはならない。しょうがないからそこをまわりが受けとめてまわりが支えていけばいいのです。できない人がいるからといって、本来のお産はこういう経験だということを言わなくていいということではない。お産はこういう経験だということを、お母さんも赤ちゃんも男の人もみんなわかっていい。いまは医療としての出産しかみていないから、ほんとうの生まれる意味がわからなくなってきている。本当のお産がこんなにすばらしいと言うと、「できない人やできなかった人がかわいそうだからやめてくれ」と反応するのは、方向が逆だと思いますね。(略)

 人間は経験したからといって、すべてわかるものではない。言葉から想像して他人の経験を共有するために「勉強」というものをしているのでしょう。自分が経験していないからわからない、ということではないと思う。経験がすべて、ではないですよ。

3.私はどうしてこの「私」なのか―自己理解のための学び

内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』より(pp.104-105 角川文庫)

空間的に自分が「どこにいるか」ということは比較的簡単に分かります。しかし、時間の流れの中のどこに自分はいるのか、ということは、「勉強」しないと分かりません。(略)

ぼくはよく「マッピング」ということばを使います。

「マッピング」というのは「地図上のどの点に自分がいるかを特定すること」という意味です。地図の中のどこに自分がいるかということは、「今・ここ・私」を中心にしている限り、絶対に分かりません。当然ですけど。

 だって、そうでしょ。「地図を見る」というのは、とりあえず、「今・ここ・自分」をかっこに入れて、そこから想像的に遊離して、上空に仮設した「鳥の眼」から見下ろす、ということなんですから。

 想像的に視点を自分から離脱させてみる。視座をどんどん遠方にずらせば、遠方から「自分を含んだ風景」を見ることができる。自分自身を含んだ大きな風景を、都市を、大陸を、地球を、想像できる。高度を上げられる人ほど自分の空間的な位置取りについて、より多くの情報を手に入れることができます。

これが空間的なマッピングです。時間の流れの中のマッピングも原理的には同じことです。

自分がどんなふうに形成されてきたのかを見る、ということです。

自分の家庭や会社や共同体。その網目のどこに自分がいて、どのような機能を果たしているのか。どういう要素の複合効果として自分は出現してきたのか。条件がどういうふうに変われば自分は「消え去る」のか。そういうことを考えるのが「時間的マッピング」です。

自分の「前史」を見通すということですね。

4.自分の存在の意味を見出すための学び

   大江健三郎『「自分の木」の下で』より(pp.15-16 朝日文庫)

私は自分でもおかしく感じるほど、ゆっくりした小さな声を出してたずねました。

―お母さん、僕は死ぬのだろうか?

―私は、あなたが死なないと思います。死なないようにねがっています。

―お医者さんが、この子は死ぬだろう、もうどうすることもできないといわれた。それが聞こえていた。僕は死ぬのだろうと思う。

母はしばらく黙っていました。それからこういったのです。

―もしあなたが死んでも、私がもう一度、産んであげるから、大丈夫。

―……けれども、その子供は、いま死んでゆく僕とは違う子供でしょう?

―いいえ、同じですよ、と母はいいました。私から生まれて、あなたがいままで見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしてきたこと、それを全部新しいあなたに話してあげます。それから、いまのあなたが知っている言葉を、新しいあなたも話すことになるのだから、ふたりの子供はすっかり同じですよ。

私はなんだかよくわからないと思ってはいました。それでも本当に静かな心になって眠ることができました。そして翌朝から回復していったのです。とてもゆっくりとでしたが。冬の初めには、自分から進んで学校に行くことにもなりました。

教室で勉強しながら、また運動場で野球をしながら―それが戦争が終わってから盛んになったスポーツでした―、私はいつのまにかボンヤリして、ひとり考えていることがありました。いまここにいる自分は、あの熱を出して苦しんでいた子供が死んだ後、お母さんにもう一度産んでもらった、新しい子供じゃないだろうか?あの死んだ子供が見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしたこと、それを全部話してもらって、以前からの記憶のように感じているのじゃないだろうか?そして僕は、その死んだ子供が使っていた言葉を受けついで、このように考えたり、話したりしているのじゃないだろうか?

この教室や運動場にいる子供たちは、みんな、大人になることができないで死んだ子供たちの、見たり聞いたりしたこと、読んだこと、自分でしたこと、それを全部話してもらって、その子供たちのかわりに生きているのじゃないだろうか?その証拠に、僕たちは、みんな同じ言葉を受けついで話している。

そして僕らはみんな、その言葉をしっかり自分のものにするために、学校へ来ているのじゃないか?国語だけじゃなく、理科も算数も、体操ですらも、死んだ子供らの言葉を受けつぐために必要なのだと思う!ひとりで森のなかに入り、植物図鑑と目の前の樹木を照らしあわせているだけでは、死んだ子供のかわりに、その子供と同じ、新しい子供になることはできない。だから、僕らは、このように学校に来て、みんなで一緒に勉強したり遊んだりしているのだ……

【このテーマをどう読み解くのか?】

「学び」というと学校の勉強とイメージする人は多いと思います。でも人生において学ぶとは…?これは深いテーマですが子育て中のお母さんお父さんがもう一度考えるテーマではないかと思います。

安定的な大企業のサラリーマンや公務員が今の若者たちにとって一番人気の職種ですが、10年後には7割の仕事がなくなるともいわれています。だから広義の発想で学びについて考えるというのも大事なのだと思います。

子ども時代に何を学ぶべきなのか?学ぶというのは子ども時代だけのものなのか?

創造力をはたらかせ、楽しく人生を生きるコツを学びましょう(^^)/

半年ぶりのみきゃんっ子再開(^^♪

待ちに待ったみきゃんっこ再開♪

約半年ぶりのみきゃんっこ。

いつもなら、10時スタートもゆるーく「まだそろってないので、もう少し待ってね~」と声かけなのがえ?今日は?なんと?10時前に?全員揃った?「まだ💦10時前だからもうちょっと待ってね~」って嬉しい声かけしちゃいました(*^▽^*)

みんな待っていてくれてありがとう❤おかえり~💕

秋の訪れもちらほら見えコオロギさんがプール横に遊びに来たり。夏の間、日差し除けになってくれてたんだろうな~と思う落ち葉のカサコソという音に耳を傾けたり。

この暑さで、土の中でゆったり過ごすミミズに出会ったり。

半年ぶりのはずなのに、「こっちこっち~」と足取り軽くガイドをしてくれる小さな勇士がたくましく成長している姿に嬉しかったり。

何気ない風景に、この場所でできる喜びを感じる。みきゃんっこ毎週火曜日再開~♪みんな集まれ~(*^▽^*)

【参加者募集】たんぽぽの根っこの預かり保育(10月~12月 合計13回)

松山市祝谷にあるみかん山をお借りして実施している「森のようちえんたんぽぽの根っこ」は10月~12月の毎週金曜日(計13回)の参加者を募集しています。募集開始は9月5日の午前9時からです。詳しい内容は下記からご確認ください。

【参加者募集】森のようちえん みきゃんっ子

未就学児と保護者の方が一緒に自然の中で活動し、火育&食育を育む「森のようちえん みきゃんっ子火育&食育はじめます。」を令和2年9月1日(火)から毎週火曜日に愛媛県総合運動公園のキャンプ場にて開催致します。

参加には事前にお申し込みが必要です。開催日の前月1日~開催日の前日まで受付致します。(定員20名定員になり次第締め切らせていただきます。)

 参加される方全員(保護者・兄弟も)のお名前、年齢、御連絡先をメール・FAX・電話・はがき、いずれかで愛媛県総合運動公園まで御連絡ください。

たくさんの御参加お待ち致しております。

※新型コロナウイルス感染症予防・拡大防止のため、内容を変更・中止する場合がございます。

≪申込先≫
愛媛県総合運動公園 振興課
住所 〒791-1136松山市上野町乙46
℡   089-963-2216
fax  089-963-4104
mail  info@eco-spo.com

6月の森のようちえんの様子

今年の梅雨はなかなか雨が止みませんね。森のようちえんも7月3日(金)より今日までずっと雨でお休みが続いています。

早く雨が止んで太陽が顔を出してくれることを願い、6月の森のようちえんの様子をアップします。

自然の中には発見がいっぱい!

目を輝かせ虫を見て、花を見て、水を見て、空を見る子どもたち。

知りたい気持ちが強いから、なんにでも興味を抱く。

やりたいことは少し大変でもガンバル、ガンバル!!

自分で何かを作ったとき、出来たときの達成感の感動の表現も気持ちがいいほど素直だ!

太陽のもと、自然が相手だからそんな好奇心を引き出す可能性は無限大にある!

今この時。子どもの生きる根っこを育てる時。

育っていると日々感じる時。

雨が止んだら、また自然の中で思いっきり遊ぼうね!

親子型、2020年6月からスタート!

6/2久々の再会♪

元気に来てくれてありがとうございます。

私たちと、のんびり時間を味わってくださってありがとうございます。

みんなの笑顔が、ママたちの笑顔が、とてもキラキラしていた1日でした。

改めて、本当にここに来てくれてありがとう。

笑いたい時は笑って、
泣きたい時は泣いて、
前を向いていこうじゃないか❤
の6月が
カエルさん発見の子どもたちと、共にスタート♪

体験会を開催しました(#^^#)!

3月22日

森のようちえん
たんぽぽの根っこ体験会

心配していたお天気も晴れ間がのぞき、大人も子どもも解放的に過ごしました。

まだまだ愛媛では、浸透していない森のようちえん。
そんな中でも、この日を選んでくださり、この場所に来て下さった出会いに感謝です。

今日、遊んだ事は子どもたちの心に、体にきっと浸透しています。
そして、次への遊びに必ずつながります。

そして、温かく見守って下さった保護者の方々も、
きっと次への言葉かけだったり、手を差し伸べる視点だったりが変わってきます。

今日の一歩が、大きな一歩。

また、遊びに来て下さいね♪

4月も体験会やりますo(^-^)o✨
情報をお楽しみに♪

自然体験と今の子どもたち~プレーパークから見えてきたこと~

人と関わらない子ども、自然に触れずに育つ子どもたち

 近年、子どもの育つ環境は大きく変わってきています。特に感じることは『体を動かさない』『人と触れあわない』『話さない』という3つの要素です。この3つの要素が少なくなったことで、日常の遊びのなかで得られる“学びの場”がなくなっていると指摘されています。最近はネットゲームやYouTubeなど、屋内で遊べるものが充実しているので家の中にいても退屈しません。

 その結果、友達と一緒に外で遊ぶことも少なくなり、成長に必要なさまざまな経験が昔に較べて不足しています。国立青少年教育振興機構 の調査によると『夜空に輝く星をゆっくり見た』『太陽が昇るところや沈むところを見た』『海や川で泳いだ』『チョウやトンボ、バッタなどの昆虫を捕まえた』といった自然体験のある子どもが、年々、少なくなってきています。平成17年の調査では、日の出や日の入りを見たことのない子どもが43%、昆虫を捕まえたことがない子どもが35%もいるという結果が出ました。

子どもがやりたくなる自然体験活動

 大人は子どもに自然体験をさせたいと思う場合、プログラムを考えたり、子どもが欲しくなるおもちゃやお菓子などで子どもを誘導しようとする傾向があります。良いものに触れることや自然に関わるということはとても大切なことですが、子ども自身が「やってみたい」「チャレンジしてみたい」という内発的動機付けがない状態で、自然に連れ出すと「めんどくさい」「暑い」「寒い」などの愚痴が出やすく、その結果、他人軸での行動に従事してしまいます。その結果、自発的な行動が伴わず、自然の中での遊びの醍醐味や幸福度も下がってしまいます。

 愛媛県は約70%以上を森林が占める「水と緑の宝庫」です。その豊かな自然が大切なものだと感じる感性は子ども時代の家族や友達との関わりと遊び込みから始まります。

 私たちは子ども時代の豊かな感性を育むことを目的としての自然体験活動やプレーパーク活動をこれまで継続的に実施してきました。

多様な子どもがどのように育ち、どのように自然に触れることが良いのかを考える

 プレーパークを開催するにあたり、子どもの育ちについても学んできました。活動に参加する子どもたちの中には発達の遅れが気になる子もいますし、こだわりの強い子、内向的な子など多様な子どもたちが遊びに来ます。そうした子どもにとってどのように私たちが関わればいいのかも学びながら活動を実施しました。木工が得意ではない子がどうすれば面白いと感じることができるのか、子どもが遊びたいという遊びや動きにはどのような意味があるのかなど、スタッフも考えながら子どもたちを見守り、保護者にも関わらせていただきました。

 この分野にはまだまだ答えはありません。100人いれば100通りの方法があるし、関わり方があります。ただ言えることは、関わる大人が自然を楽しんでいるのか?人生を楽しめているのか?生きていることに幸せを感じているのか?ということだと思います。子どもは直感で大人の幸せオーラを感じます。それを感じながら自然に触れることは最高の自然との関わり方ではないかと思っています。

プレーパークに参加する動機付け

 子どもがイベントに参加したいと思うときは何らかの動機づけが必要です。東京ディズニーランドへ行く場合は楽しい乗り物に乗りたいだったり、ミッキーに会いたいなどの理由があります。自然活動を日ごろしていない子どもたちは自然との接点が少ないのでこの動機付けを考えることが重要となります。昔自然の中で遊び来んできた大人は「楽しかった思い出」を動機付けとして自然の中に足を運ぶことが楽しみとなりますが、今の親世代には「楽しい思い出」を持たない人が増えているのが現状です。

 そのために、プレーパークでは子どもの「やってみたい」を引き金として、そこで遊び込んだ子どもたちがもう一度行きたくなる場所となるように活動を進めています。

 例えば、食育と火育。親世代でも川遊び&バーベキューというキーワードが「楽しかった思い出」として心に刻まれている人も多いのではないでしょうか。その気持ちを湧き立たせるために薪でご飯を作り、火を囲んでの温かな会話が弾む場をセッティングしています。そして、子どもの遊びには変化を伴う遊びと、少しのスリル、それから好奇心を湧き立たせる遊具などがとても効果的と考えています。そのような場をセッティングしながら、自然を使った遊び、木をつかった遊びを毎回開催しています。

環境教育により培われた 自然を楽しむ力、仲間と遊ぶ力

寒くても暑くても風が強くても自然の中で遊ぶ醍醐味を知った子どもたちは強いです。めげない。諦めない。寒いなら寒いなりに、暑いなら暑いなりに、遊びをどんどん考えて時間を忘れて遊びます。砂の山、虫、草むら、川などさまざまなアレンジで遊び込みます。

立岩川プレーパークでは「けもの道ツアー」という遊びを繰り広げました。草むらの中に道を作り、秘密基地を作り、石で川に道を作り、そこを探検するツアーを組んで、お客さんを集めてその遊びをどんどん広めます。ある子は川の中州まで道を作り、その中洲に秘密基地を作り仲間を集めて都市開発を始めます。

木工広場でも独創的なものがどんどん出来上がります。おしゃれな看板、イス、机、スマホ立てなど。自然の中では子どもの発想は無限大に広がります。

豊かな自然の恵みに感謝しながら開催する愛媛ならではのプレーパーク。今年度もそんな子どもたちの健やかな成長のお手伝いをさせていただけたのではないかと思っています。